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5月の半ば、所属したサークルの新歓コンパの日。学生用の安い居酒屋のフロアに、短い間隔で拍手が起こる。
新入生の自己紹介タイム。
こういう雰囲気はいつも苦手で、私はテーブルの角を撫でさすりながら、落ち着かない気持ちで順番を待った。
また拍手が起こり、私の緊張は最高潮だった。
「はいじゃあ隣の君、どーぞ!」
幹事の3年生がそう言って私の方を見た。
「あ、えっと……○○学科の早川志穂です。好きな作家は○○や○○です。よろしくお願いします」
それだけを早口で言って、どっと肩の荷が下りたような気持ちになる。拍手が起こり、時計回りに順番は遠ざかっていく。他の学生の自己紹介なんてほとんど覚えていない。たまに知っている作家の名前を言う人が居たり、ナントカいうコンクールの賞を取ったという人を僅かに覚えている程度。
自己紹介タイムが終わると、あとはフリータイムになった。
新入生達は遠慮がちに席の近い人同士で話している。先輩達がそこに入っていき、取りやすい単位のこと、テストが意地悪な教授のこと、恋人が居るのかどうかなどに話の種は移行していった。
私も両隣の人プラス男の先輩二人と、同じような会話をしていた。先輩達はひとしきり講義の話などをしたあとで、さりげなく彼氏が居るのかということをチェックしてくる。そういえば、3年生以上の女の先輩が少ないように見える。結局、どこのサークルもそういうことなのかな、と思って少し嫌になった。
ふと見ると、壁に背中をもたれさせて一人で座っている女の子が居た。私はトイレに行くことにしてその場を抜け出し、戻ってきてその子に声をかけてみた。
「新入生の方、だよね」
「あ、はいっ」
自己紹介のときにコンクールの話をしていた子だった。もしかして一人で居るのは自慢ばかりする子なのかも、という考えが頭に浮かぶ。
「賞を取ったって言ってたけど」
「……あれ、言わなきゃよかった」
少し予想外の答えが返ってきた。
「どうして?」
「緊張して何言えばいいか分かんなくて、自慢したみたいになっちゃって」
彼女は少し視線を落としてそう言った。どうも思っていたのとは違うタイプの子みたいだ。もしかして隣の人が戻ってくるのを待ってるのかな、とも思ったけど、それならその時までという感じで、私はもう少しその彼女と話をしてみることにした。
***
目が覚めて、体を起こすと酷い頭痛がした。思わず両目を閉じて、それに耐える。片目を開けて周りを見ると、知らない部屋だった。
「え……」
私はどうしてここに居るんだろう。痛い頭で考える。そうだ、確か昨日は新歓コンパで、お酒を少し飲んで……。
つまり、もしかして……。
私はゾッと体が強張るのを感じた。飲んで潰れてお持ち帰りされるという、女としては一番かっこわるいパターンの一つに私が嵌ったということ……?
私は思わず布団をはいで、自分の体を見回した。服は昨日のままだった。胸の部分が汚れているけど、捲れていたり脱げていたりはしない。下着もそのままみたいだ。
でもそれだけじゃ何もなかったことの証拠にはならない。私はベッドの隅のぬいぐるみを抱きかかえて布団に突っ伏した。
最悪だ……。もう男なんかとは絶対したくなかったのに……!
なんで、どういう状況で……?男が目の前に居たとしたら、私は警戒してお酒なんか飲まないはず……。
じわっと涙が溢れてきて、シーツの上に落ちた。私は手の甲で目を擦って起き上がり、ベッドから降りた。
部屋には誰もいない。1Kの部屋で、ベッドルームとキッチンを仕切るドアは開いているから見れば分かる。バスルームにも人の気配はない。
とにかく今はここを立ち去ろう。
テーブルの上に置かれていた私のバッグを取り、一応中身を確認する。玄関に並べられた靴を見て、ようやく私は気がついた。
こ こ は 男 の 部 屋 じ ゃ な い 。
そこにあったのは、私の靴より小さなスニーカーやブーツ、可愛らしいミュール。ぬいぐるみが好きな男はいても、この靴達に足が入る男はいないだろう。
だとすると、ここは誰の部屋だろう。考えは振り出しに戻った。
昨日あの場にいた中で、私を泊めてくれそうな女性……。あり得るとしたら、数少ない2,3年の先輩か。私は玄関のドアを開け、表札を見てみた。
『田所』
女性の字だ。でもこの苗字に一致する顔は思いつかない。少し遠くで電車の音が聞こえる。共用廊下から見ると、コンパのあったターミナル駅が数百メートル先に見えた。駅に近いという理由で、ここの人が私を介抱する役割を押し付けられたに違いない。
なんと言って謝ろうか、粗相をしてないだろうかと考えていると、1階の方からカコンと郵便受けを開ける音がした。私はそわっとした。手すりから身を乗り出して下を見ると、若い女性が階段を上ってくる。角度があって顔が分からないけれど、この部屋の人かもしれない。
部屋に入っていようか、でもどのみちこれ以上お世話になるつもりもないし、お礼だけ言って帰ろう。そう決めたとき、ちょうど女性がこのフロアの廊下に現れた。やっぱりきっとそうだ。誰だろう、小柄な女性……。あれ……?
「あ」
女性がこっちを向いた。小柄な背丈に、あごの下くらいまでの髪。昨日コンクールの話をしていた新入生の子だ。
「起きてんたんだ。大丈夫っ?」
私に気がつくと、早足で歩いてきて言った。
「あの、ありがとう、昨日私って……」
「あ、ちょっと待って」
その子はスーパーのレジ袋をぶら下げたまま、片手をオーバーオールのポケットに突っ込んで鍵を探すような動作をした。私がレジ袋を持ち上げると、
「ありがとっ」
と元気よく言ってドアを開けた。
***
「ごめん、そうだったんだ」
部屋に入って話を聞くと、昨夜はあのままこの子と話をしていたらしい。そして飲みすぎで気分の悪くなった私を、駅から近くの自室に連れ帰ってくれたのだという。
「いいよいいよ、いろいろ話せて楽しかったし」
彼女はヨーグルトのスプーンを舐めてからそう言った。
食欲がない私にヨーグルトを買いに行ってくれたらしい。その気遣いをありがたいと思ったけど、女の子というのは普通こんなに人に気を遣うものだろうかと、少し疑問も感じた。
「えっと……私って、どれくらい飲んでた?」
「んと、そんなに飲んでないと思うよ、2,3杯かな」
未成年ということは置いておいて、お酒に弱いのはよく分かっていた。だからそんなにたくさん飲むはずがないんだ。ましてああいう場所では……。
「急に飲んだのが良くなかったのかもねぇ」
そういえば、最初、乾杯のときに一口飲んだだけだった。彼女の隣に行ってから2,3杯飲んだとすれば、私にとってはハイペースで、気持ち悪くなっても仕方ない。
どうしてそんなに飲んだんだろう。そのとき何の話をしていたんだろう。それを彼女に聞くと、
「んー、私も結構飲んじゃって」
と照れたように笑った顔で言われた。まあ、お互いに忘れてるならそれでもいいっか。 その後、好きな作家や書きたいお話のことなんかを話し合ったりして、自宅に着いたのは暗くなってからだった。彼女とはサークルだけでなく学科も同じで、大学で頻繁に会える友達ができたのがとても嬉しかった。
***
次の日曜日にそれは起こった。
私は田所さんの部屋に遊びに来ていた。過去に書いた文章を見せ合ったりして夕方になり、そろそろ帰ろうかというとき、インターホンのチャイムが鳴った。
彼女は少し迷ってから受話器を取った。
「はい」
「……今、友達が来てるの」
「でも……」
鈍感な私でも、恋人かな?と思った。
聞いてはいなかったけど、彼女の容姿と人柄なら、相手がいないほうがおかしいくらいだ。受話器を持ったまま突っ立っている彼女に、小声でもう帰るからと伝えた。
「じゃあコンビニにいて、5分位したら行くから」
彼女はそう言って受話器を置くと、悲しそうな顔で私を見た。
「ごめんね。急に来て…」
「ううん、彼氏?」
「……うん」
田所さんは小さく頷いた。
「私こそごめんね、2週も続けて来ちゃって」
「ううんっ…そんな!」
玄関を出ると、立っていた男が軽く会釈した。少し生っちょろいけど悪い人には見えない。男は玄関のドアを勝手に開けて入っていった。
「コンビニに行っててって言ったじゃない!」
田所さんの声が聞こえてきた。
「悪かったよ!普段はお前の頼みを我慢して聞いてるだろ?」
私は急いでその場を離れたけど、二人の会話が妙に記憶に残ってしまった。
あまり上手くいっていないのかもしれないけど、それは余計なお世話ってものだろう。それよりも男が言った、お前の頼みとはいったいどんな内容だろう。田所絢乃の頼みなら、大半の男は聞いてくれそうな気がするけれど、彼女はいったい、どんな頼みを男にするんだろう。
帰りの電車に揺られながらそんなことを考えているうちに眠ってしまい、乗り換え駅で目が覚めたときに、田所さんからメールが来ているのに気がついた。
『今日はほんとにごめんなさい。彼のこと気にしなくていいから、また遊びに来てね』
***
キャンパスにセミの声が聞こえ始めた。
あれから2ヶ月、彼女の部屋には行っていなかった。大学ではいままで通り、一番仲のいい友人だけど、あの彼氏の事はお互い口に出さなかった。
「あ、早川さーん」
そんなある日、帰ろうと歩いていたら、掲示板の前で同じ学科の女の子に呼び止められた。
「田所さんが探してたよ」
「え、いつ?」
私に何か用事だろうか。
そういえば、今日は彼女を見かけてないけれど……。
「さっき。B棟の303の前にいたよ」
話が伝わったのを確認すると、女の子は友人達と校門の方へ歩いていった。私は反対のB棟の方へ向かう。
B棟の303は今日の最後の講義を受けた教室だ。私の時間割を知っていて、そこへ行ったのかもしれない。でも、用があるなら電話やメールをすればいいのに、なぜ……?
念のため取り出した携帯を開いてみて分かった。電池が切れてる。きっと何度か電話をかけてくれたに違いない。ずっと出ないから、直接教室へ行って人に聞いたんだろう。
303教室の前の廊下はがらんとしていた。講義が終わったのは1時間近く前。探していたのはさっきと言っていたけど、もう結構経っているだろう。念のため、教室の中を覗いてみた。片づけをしている助手さん以外は誰もいない。
こういうとき、携帯がないと不便だ。番号を暗記してないから公衆電話からかけることもできない。私は建物の中をぐるりと回ってB棟から出た。急な用事じゃないとは思うから、家に帰って電話をかけようか。
そう考えたとき、同じ学科の男子学生数名が通りかかった。
「あ、ちょっといい?」
声をかけると立ち止まってくれた。
「田所さんて今日来てた?」
学生達は顔を見合わせる。知らないか……。
「田所さんて、小さくてオーバーオールとか着てる子だっけ?」
後ろにいた一人が言った。
「そうそう、知ってる?」
「知ってるけど見てないな。ちょっと待って」
男子学生は携帯を取り出してどこかにかけた。友人に聞いてくれているらしい。男の子のムダの無い気遣いは、こういう時すごく嬉しい。
「学籍番号が近い奴に聞いたら、今日は見てないって」
「そっか、どうもありがとう」
やっぱり今日は来てないんだ。いや、講義には出ていないと言った方が正しい。講義が終わってから、私に会うために大学に来たことになるから、やっぱり急ぎの用だろうか。 だとしても、無駄に広い大学のキャンパスで、一人の人を探すのは難しい。どうしようかと考えながら掲示板のところまで戻ろうと歩き始めたときだった。食堂とA棟の間にあるフードコートの端の方に、ぽつんと座っている人影が見えた。私は小走りに移動した。
後ろ向きで顔が見えないけれど、Tシャツの上に着たオーバーオールと、首の半ばまでの髪。間違いない。
「田所さんっ」
人影の頭がこっちを振り向いた。やっぱりそうだ。
「志穂ちゃん……っ」
彼女はガタッと音を立てて椅子から立ち上がり、よろめいて私の方へ倒れそうになった。
「わっ…ととっ」
慌てて両手を差し出すと、私の両腕を掴んで止まった。
「座ろ」
「う、うん」
私がテーブルに座ると、彼女も向かい合って座り直す。
「今日来てなかったみたいだけど、大丈夫?」
「あっ、うん!……今日はただのサボり」
田所さんは妙に緊張している様子だった。声は普通だけど、視線がなんとなく落ち着いてない。普段の彼女はどちらかというとのほほんとした雰囲気だから、余計にそれがはっきり分かる。
「何か用だった?なんか私を探してたって」
「うん」
視線を方々に散らしながら、あまり私を見ずに短く答える。
「ちょっと、落ち着いてよ。どうしたの?」
「ごめん、私……」
やっと目が合ったかと思うと、今にも泣きそうな顔をしていた。そんな顔で見られても、まだ何も聞いていない私は声のかけようがない。
「ここじゃ言いにくいこと?」
ふと、この間の彼氏に関係ある話かもしれないと思った。
「この間の彼の事とか……」
田所さんはううんと言って首を振った。もふっとしたボブカットが頭の動きに合わせて広がる。
「別れたんだ、結構前に」
彼女は少し笑ってそう言った。聞かない方が良かったかもしれない。
「ごめん……そうだったんだ」
「あ、ううんっ!違うんだ」
「え?」
何が違うのか分からず、彼女の言葉の続きを待った。
「どうしよ、この流れで話したら私すごいやな女みたい……」
「いいよ、言ってよ。私は嫌な女じゃないって知ってるし」
彼の話を出したのは失敗だ……。私は田所さんの言葉を待ちながら、心の中で彼女に謝った。
でも、話の流れはある程度予想できた。たぶん好きな人が居るとかそういう事じゃないだろうか。
「あのね」
一呼吸置いて、彼女は話し始めた。
「彼とはあの後すぐ別れて、その後ずっと考えてたんだけど……」
「うん」
「すごく好きな人がいるんだ……」
そうかやっぱり。でも、正直私は恋バナの相手に向かないと思う。貴女とは少しだけずれてるから……。
「でも迷惑かもしれないから、今日会えなかったら言わないって決めたの」
なるほど、今日講義に出なかったのはそれでだったんだ。講義のある時間に居れば確実に会えてしまう相手、つまり同じ大学内の男性。
「それで、言えたの?」
「たぶん……」
どういうことなんだろう。まだなんだったら私と話してる暇なんか無いんじゃ……。
「たぶんって……?」
「志穂ちゃんだから。相手」
「……。」
「……。」
「……え?」
ちょっと待って、話がよく分からない。好きって恋愛の好きかと思ってたけど、何か違う話だったりするの?
「あれ、恋愛の話……じゃないの?」
「そうだよ」
「……私女だよ?」
「知ってるよ」
私が言葉を失っていると彼女は勝手に続けた。
「でも言ってたよ。女の子が好きかもしれないって」
「いつ!?」
言った覚えはない。それだけは誰にも……!まして同性の友人になんて言えるわけがない……!!
「……コンパの時」
「……!!」
まさか、あの時。あの記憶がない時間。私は彼女と何を話したか覚えてない。でもお酒がずいぶん進んだみたいで……。
「お、覚えてないって言ってなかったっけ」
「言ったよ。覚えてないことにするつもりだったんだけど」
そうか、彼女は無かったことにしてくれようとしたんだ。それを聞いて、少し気持ちが落ち着いた。
「だけど?」
「だけど…」
田所さんは少しふくれたような顔をするとこう言った。
「……こんなに好きなるなんて思わなかったんだもん」
***
さすがにびっくりしたけれど、田所さんの告白は、私が顔を真っ赤にして頷くのに十分な威力を持っていた。私達みたいな人種は、常にフィルター越しに女の子を見ている。それは、自分のものにはならないという前提を設けて、変な気を起こさず、変な期待もしないで済むようにするため。
それを取っ払って見れば、田所絢乃という女の子が私の目にどれだけ魅力的に映るか、十分過ぎるくらいに分かっていたから……。
学生向けの定食屋さんで夕飯を済ませ、彼女の部屋に着いてから田所さんが放った言葉は、更に強烈なものだった。
「ちょ、今なんて……?」
「もう、本当に好きなのかなって」
「そのあと」
「好きなら抱いて?」
「それよ!!」
こういう言い方は嫌いだけど、もしかしてすごくお尻の軽い子なんだろうか。数ヶ月で恋人を取っ換え引っ換えという子もいるって聞く。彼女ももしかするとそういうタイプなのかもしれない。
「なんか、さすがに早すぎない?」
「……18なのに?」
18って、年齢はあまり関係ないような気がするんだけど……。今どき中学生からしてる子だって居るんだろうから、18にもなればって事なのかもしれないけど、そんなお手軽なものなのかなというのが心の中に引っかかった。
「彼氏と別れてまだ2ヶ月弱でしょ?そんな次から次って感じはちょっと嫌かなって……」
「……。」
「ごめん、言い方は悪いかもしれないけど……」
自分の言い分も勝手だとは思う。相手の過去は私には関係ないことだし、恋愛のスタイルにも口出しする権利なんてない。ただ、私が田所絢乃と付き合う間は、私は彼女の歴代の恋人の中の一人じゃない、私は私だけなんだっていう自己満足みたいなものが欲しかった。
「前の彼と付き合ってみて思ったんだ」
「うん、なんて」
彼女はぽそりと話し始めた。
「私は男の子好きじゃないのかもって」
私は黙って聞いた。
「友達のときはすごく仲良くできるのに、付き合うと、エッチしたいとか、全然思わなかった」
「初めてだから勇気が出ないのかなって思ったんだけど……」
目が合うと、彼女は少し恥ずかしそうな顔をして視線を外した。赤いほっぺたをふわりと髪の毛が覆う。
「……じゃあ、しなかったの。彼とは」
「うん。……ずっと我慢してもらって……悪いことしちゃった」
私の田所さんに対する印象は、またも事実とは違っていたみたいだった。彼女はひょっとして、私が思っていたよりずっと控えめなのかもしれない。でも、それならどうして私との行為を急ぐんだろう。
「じゃあ、なんで今は……」
私はそのまま聞いた。
「……言っても嫌いにならない?」
そういう聞き方をされても困る。それなのに私は、反射的に頷いてしまった。
「……エッチ、ずっとしたかったの。高校生のときから」
それは分かる。まだ憧れみたいな面もあるけど、高校生にもなればほとんどの子がそうだろう、私でもそうだったし。
「でもしたい相手はいなかったんだ、志穂ちゃんに会うまで」
なんと言えばいいのか分からない。嬉しいんだけれど、エッチの相手としてしか見られていないみたいにも聞こえて複雑な気持ちだ。
「じゃあ私を好きなのは、エッチの相手としてなの?」
「違うよっ!エッチできなくても、志穂ちゃんのことは大好きだよ」
面と向かってこんなに好き好き連発された経験がないので、思わず耳が熱くなってしまう。
「今の私って」
そんなことを考えている間にも田所さんは話を続ける。
「エッチとかキスとか、そういうの以外に、友達と付き合ってる人の違いってよく分かんなくて……」
……ああ。
分かる、すごく。以前彼氏がいたとき、私も同じことを考えてた。そういうコトが気持ちよくなくて、あまりしたくなくて、正直友達のままの方がよかったと思っていた。
そう考えると、エッチしたいと思ってくれる田所さんは、きっと私を好きなんだろう。彼女の言い方は、女の子としてはちょっとストレートすぎて捻くれた解釈をしてしまいそうになる。けど、言ってる中身は当たり前のこと、きっと女の子でもほとんどの子が思ってることだっていう気がした。
「それを面と向かって相手に言っちゃうのが、田所さんっぽい」
「えっ?」
彼女は驚いたみたいに顔を上げる。一瞬遅れてついてきた髪が弾む。
なんとなくおかしくて、思わず笑ってしまった。
「なっ、なあに?」
「ううん。きっと素直なんだろうなあと思って」
私がそういうと、更に驚いて目を丸くする。気持ち程度にマスカラのついた睫毛が、ぱちぱちと瞬かれる。
「素直って……私がっ?」
「そ。」
そう言って、田所さんの背中に手を回して抱き寄せる。
「あ…っ」
彼女のふっくらした唇は、私が生まれて初めて能動的にしたキスに、とっても優しい感動をくれた。
***
ごくり、と白い喉が動いたような気がする。
「じゃ、じゃあっ……するよ?」
田所さんの口から、上擦った声が出る。私はといえば、四つんばいになった彼女の下に横たわっている。ショーツとTシャツという脱ぎかけの姿で。実際はシャワーを浴びたので脱ぎかけではなく全部脱いでもう一度着たんだけれど。
「う、うん」
我ながら、どこから出ているのかと思ってしまうようなか細い声が唇から漏れる。
――
キスまでは主導権を握ってできたものの、その後の私は全然ダメだった。シャワーを浴びて、いざ二人でベッドに入ってみると手がひどく震えてしまう。自分で見ていても不気味なくらいに。
今日は無理かも、と思った時だった。
『私が抱いてあげるっ』
田所さんの口から、三度ビックリするようなセリフが飛び出した。
生まれて初めてソレをするというときに、私だったらこうは言えない。満足させてあげられなかったらどうしようとか、そういうことを考えてしまう。
『でも、それじゃ……』
結局、そういう考えは自己満足でしかないというか、変なプライドの持ち方なんだろうなと思う。プライドを持つほど何も経験していないのに。
『いいよいいよっ。私ね、見てみたかったんだ』
『な、何を?』
田所さんは自分の欲求に素直だけど、変なプライドがない。それが結局、相手のことをも素直に想える田所絢乃を作り上げてるんだと思う。
『えへへ。志穂ちゃんのエッチな顔』
――
田所さんはTシャツの上から、私の乳首を引っ掻き始めた。なぜTシャツ越しなのか、恥ずかしいからだろうか。これだと刺激が弱いんじゃないだろうか、そんなことを考えながらも、彼女の小ぶりで綺麗な手が胸に触れるのが心地良かった。
5分くらい同じ動作を続けただろうか。Tシャツを脱ごうかと私が言いかけたときだった。それまで心地良いだけだった乳首への刺激が、急に全身を痺れさせるようなものに変化した。
な、なにコレ……?
田所さんの指の動きは変わっておらず、両方の乳首の上を、指先で引っ掛けるように往復させているだけだ。それもTシャツの上から。
それは一度だけでは無かった。最初に痺れを感じたあとは断続的に、それもだんだん間隔が短くなってくる。胸の先から入ってくる刺激が、波のように体の中を伝わり、末端部分に強い痺れを残して抜けていく。
乳首を弄ってみたことは何度かあったけど、それとは全然違う。ずっと弱い刺激なのに、ずっと強い快感。思わず眉間に力が入り、唇が薄く開いてしまう。そのとき、田所さんがふわっと笑ったように見えた。
「志穂ぉ……っ」
……っ!?
突然、名前を呼ばれた。初めて呼び捨てで。それもとびきり高くて甘ったるい声で。
「は…ぁ…っ」
足先から頭のてっぺんめがけて強烈な痺れが走り上がる。ほとんど同時に皮膚に鳥肌が立っていく。胸から入ってくる刺激を追い出そうとするように、自分の口からあえぎ声が漏れ出す。
「ん…ぁぁ…っ」
さっきまでは指先に抜けていく感じだった痺れが、下腹部に溜まり始める。そこからは痺れは抜けていかず、むず痒いような疼きを両脚の間に感じる。ほとんど無意識に、腰の両側が弧を描くように動く。そんなつもりはないのに、触って欲しいと合図するみたいに……。
まるで、そんな私の心が読めるみたいなタイミングで、田所さんの指がショーツの中に潜り込んでくる。片手は乳首を弄ったまま、ヌルついた指先で硬くなったあそこを撫でる。
「ひぁ…っ」
びくんと私の腰が跳ねる。彼女の手はそのまま私の中に挿し入れられた。1本の指が何かを探るように、ゆっくりと中を撫でていく。
「あ…や…っ」
指が近づいてくる。私が普段一人で使う場所。つまり私の一番気持ちいい場所に。
ずるっと撫でられたとたん、お腹の筋肉が軽く収縮する。
「ここ?」
田所さんの指が止まった場所は紛れもなく……。
「ど…して…?」
えへへ、と彼女は笑って、そこをまた軽く撫で始める。
「ん…ぁ…っ」
「志穂、とってもエッチな顔してるもん」
あ、あ……。
気持ちよさと恥ずかしさで頭が変になりそう。
「こっちももう直接がいいよね」
私のTシャツがめくり上げられ、固く立ち上がった乳首が目の前に現れる。田所さんは躊躇することなくそれを指で転がし始める。
「あ、あぁ……っ」
より強い痺れが体の中を波紋のように広がっていく。両脚の間の疼きも強くなり、お尻をシーツに擦り付けるようにして腰が動いてしまう。彼女の他方の手が、私の中の弱点を遠慮なく擦りだす。
「んぁ…っ あ…っ」
「あ…っ ん、む…っ」
高い声がとめどなく溢れ出る唇も、田所さんのふっくらした唇で塞がれてしまう。
もう、刺激が抜けていく場所がない。彼女の指から、唇から、舌から、刺激と快感は入ってくるばかり。頭が真っ白になって何も考えられない。
私を責める指はスピードを増し、柔らかい舌が私の舌をつついて裏側を舐めたりしてくる。今この瞬間、私にとって彼女だけが世界の全てだった。
「んぱ……っ」
「あ、絢乃…あやのぉ…っ」
唇が離れた瞬間、絢乃の名前を呼んだ。呼びたくてたまらなかった。
好きな人の名前はまるで呪文みたいに、私の中に溜まりに溜まった刺激を爆発させた。
***
「絢乃、絶対初めてじゃないでしょ」
汗びっしょりになった私達は冷たいタオルで全身を拭き、ベッドに座ってムードもへったくれもない事後トークをしていた。
「え、なんでぇ?」
「上手すぎるよ、まるで相手の事分かってるみたいに」
正直、彼女の指技を舐めていた。まさかあんな感じ方をさせられるなんて……。
「でも、私自分でするときと同じにしただけだよ」
なるほど、そういうことなのか。
始めはTシャツを被せておくのは彼女自身の好みらしい。触る順番、弱点に触れられたときの表情の見極め、全部自分自身の反応を私に当てはめて見たっていうことなんだろう。
「気持ちよかった?」
絢乃は屈託なく笑ってそう聞いてくる。こういうのって言葉で確認しあうものなの?私だったら絶対に恥ずかしくて聞けない。だけど……
「……すごく気持ちよかった」
私はそれを伝えたかった。だから素直に言う。絢乃のいい所を真似してみる。
「良かったぁ。頑張ったかいがあったよ!」
にっこりと笑ってそういう彼女が、本当に愛しく思える。
「でも、絢乃がこんなに上手いと、私自信ないな……」
「大丈夫っ。志穂ちゃんがやってるようにやればいいと思うよ」
そうか、絢乃も自分でしてるとおりにやっていると言ってたし、しばらく一人エッチをして練習しておこうか。でもよく考えてみたら、それってお互いに自分のオナニーの仕方を披露し合うってことじゃないか。そんな恥ずかしいこと、自分にできるだろうか。
「それに、私べつに上手くないと思うよ」
「え?」
絢乃はにこにこしたままで言う。よくこんなに笑顔が続くものだと感心してしまうくらいに。そしてこう言った。
「気持ちいいのは、上手いからじゃなくて好きだからだもん」
「あ……」
そっか。
そうだった。
一人でするときよりずっと気持ちいいのは相手が上手いからじゃない。自分のことを一番知ってるのは自分なんだから。
なのに一人より気持ちがいいのは、相手のことが好きだから。そんな当たり前のことに、初めて気づけた。絢乃のおかげで。
当たり前のことを当たり前に、嬉しそうに表現してくれるこの女の子を、好きなって良かった。
試験期間が終われば夏休み。いままでは恋愛を書いて過ごしたことが多かったけれど、今年は絢乃と二人で、恋愛をして過ごしてみたいな。
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